Skeb……初めてイラストを描いてお金を貰った。

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 エレクトロン硬貨というものをご存知だろうか。紀元前600年頃に発行されていた世界最古の硬貨で、金や銀等の化合物の塊に刻印を打ったものだという。そしてその刻印とは、ライオンの紋章がかたどったものであった。


 何故ライオン? 映画に登場するような鼻持ちならない皇帝のように、やはり古代の王様もライオンをペットにして愛でていたのだろうか? しかしこれがどうやらマジのようで、そのエレクトロン硬貨を発明したリュディア王国の王、アリュアッテス2世は獅子を自分の象徴として、硬貨にその姿をデザインしたようなのである。世界最初の硬貨に自分の顔ではなくライオンを刻印するとは、非凡なセンスだと思わざるを得ない。ライオンもやはりネコ科の生物、人類はやはりネコの魅力に屈するしかないのか……。


 ネコはまあ置いといて、現代の日本の硬貨には菊や桜など植物の絵が描かれているが、最古の硬貨にも同様にライオンの紋様が描かれている。お気づきだろうが、共通点として硬貨には絵柄が描かれているのだ。それは何故なのか? 別に紋様や絵など、機能的には必要のないデザインが施されている理由はあるのだろうか?

 

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 恐らくは偽モノ防止のためデザインに複雑さを持たせる…というのが理由なのだろうが、私は違う視点の解釈も主張してみたい。


 ここからは私の推測だが、ヒトつまり人間は絵や模様などデザインというものを本能的に好ましく感じる性質があると思う。絵や模様というモノを見ると、ただの数字や図形を見たときとは違い、ぬくもりに似た感触を受けるはずだ。そして生活に根付く硬貨というものに親しみを覚えてもらうため、硬貨にライオンをデザインしたのではないだろうか。


 そのぬくもり……暖かみ……ほのかなエネルギー……そういったものを感じるため、古くナスカの地上絵やピラミッドの壁画は描かれたのではないだろうか。そして現代にも絵やイラストといった創作活動が連綿と続いているのだろうと私は思う。

 


 というわけで今日は絵の話だ。お金の話でもある。Skeb(スケブ)というサービスを利用し、生まれて初めて絵を描くことでお金を稼いだという内容だ。といっても、別にこれはSkebの宣伝記事というわけではないし、自分をガンガンに売り込む営業記事というわけでもない。単純に、この一連の経験と現在の心境を記録として残しておこうという意図で書かれた記事である。


 まず、Skebというサービスの簡単な説明をする。イラストコミッション……早い話がお金を払って絵を描いてもらうサービスのことで、イラストのリクエストに際し打ち合わせなどが無く煩雑さが全然ないことが特徴になっている。煩雑さがないというのは良いことだ。手続きが面倒でマイナポイントの入手を諦めてしまうような人間には面倒がないというのは大変魅力的だ。


 私がこのサービスを知ったのは2019年の春頃だっただろうか、イラストを描いてお金を貰えるサービスがあるらしい、くらいの認識だった。それを例えるなら、1971年、銀座にマクドナルド1号店が初上陸したときの地方民くらいの気持ちだろうか。「都会ではシャレたモノが流行っているらしいが、まあ田舎の自分には関係ないだろう」という気持ち。


 しかし2020年初頭から、日ごろ見るTwitterのタイムラインにおいて、Skebのリクエストによって描かれたイラストを見る事が多くなってきたのである。インターネットサービスの普及速度はマックのチェーン展開より速い。あっという間にあの緑色のアイコンはタイムラインの常連となった。そして私も登録はするだけタダだからと軽い気持ちでSkebにクリエイター登録を行ったのである。

 

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 しかしわかっていたことではあったが、Skebにリクエストは一切来なかった。知らない商品を買うことはできないというのはコマーシャルの基本だが、私は知られていない商品だった。そしてそれは当たり前のことで、私はイラストを描くといっても月に1~3枚程度、それにジャンルも雑多で、そのとき描きたいキャラクターのイラストを描きたいように描くというだけのタイプだったからだ。


 それでは何故リクエストが来たのか…? という疑問があるが、ここで少し話を変えて、VRChatというゲームの説明をする。VRChatはバーチャル空間上で他ユーザーとコミュニケーションをとって遊ぶというゲームで、それを私もプレイしていた。このゲームの特徴として各ユーザーが自身のボディとなるアバターを自作してアップロードできるというものがある。つまり皆が思い思いの姿、形で生活しているのだ。


 少し想像しづらいかもしれないが、皆がそれぞれ自分の望む姿で過ごしているというのは本当に面白い。猫耳を生やした美少女も居れば屈強な重装騎士も居る。スターウォーズに登場するロボのようなアバターを見たと思ったら足元にワニが這っていることもあるのだ。そしてその姿が目の前で動いている。サイバー……と感じずにはいられない。

 

 なので、私が他プレイヤーのアバターのイラストを描くというのも不思議な事ではなかった。VRChatのゲーム内で撮影したスクリーンショットを元にキャラクターイラストを描いていた。バーチャルとはいえ、そのキャラクターの中身はきっと人間で、今のところ中身がエイリアンだったことはない。つまりアバターのイラストを描けばその中身の人間も喜んでくれることも多く、それもモチベーションに繋がっていた。


 そして今回、Skebでリクエストをしてくれたクライアントの方もVRChatで会った方の一人だった。おそらく、人間のはずだ。確認はとっていないが。

 


 イラストという趣味を始めてから10年になる。


 2020年9月のその日、朝目を覚ますとメールボックスに見慣れぬ文字が並んでいる。「[Skeb] リクエストが届きました」。見た瞬間、思わず背筋が伸びた。雷に打たれたような気分で、呼吸も浅いままリクエストの文章を読んだ。VRChatのアバターを描いて欲しいというテキストと資料のリンク、そして決して安くない金額が記載されていた。


 お金、報酬、対価、やはりそのインパクトは大きい。イラストに限らず、芸術活動に対してお金を支払うというのは一番シンプルで強力なリスペクトを示す行為だ。私はその行為が自分に向けられたことが嬉しかった。頭の奥の方がビリビリとして、大きく息を吸い込んだ。台所に向かい、買いだめしてある栄養ドリンクを一本飲んだ。


 パソコンの前に戻り、マウスを操って「リクエストを承認」のボタンを押した。この瞬間から私に「対価を貰ってイラストを描く」という責務が発生したことに、大げさでなく緊張した。朝の6時48分だった。

 

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 その日から3日かけてイラストを描いた。武田信玄上杉謙信の一騎打ちのような緊迫感……。ほとんどバトルみたいなものだ。線を引き色を塗っている最中、背後に居るクライアントが私の後頭部に拳銃を突き付けている。私が腰抜けのイラストを納品した瞬間、クライアントは容赦なく引き金を引き、後にはいくばくかのお金を握り締めた哀れな亡骸が転がることになる。そういった鬼気迫る戦いだ。


 ラフを描き、線を引いて、色を塗って、影や光を描き込んでいく。いつもやっていることだが、「実戦」は初めてだ。しかしそれはとても楽しかった。緊張感はある。しかしそれはむしろスポーツの大会に出場するときのような緊張感だ。自分が培ってきたもので対等な勝負をする……それは少なくとも私にとって楽しい緊張感だった。


 やがてイラストは完成し、納品を済ませることができた。Skebはクリエイター側に非常に有利なシステムなので、納品してからボツやリテイクの要求が出ることはない。だから基本的には納品した時点で戦いは終わっているのだが、やはりクライアントが本当に満足しているのか、それが非常に気になっていた。


 しかしそれは杞憂だった。クライアントの方はTwitterで私の描いたイラストを紹介し、リップサービスかもしれないが褒め言葉まで書いてくれていたのだ。それを見たときの私の達成感といったら! 私は両手を固く握り締め、歯を強く噛み締めて短く息を吐いた。瞬きを何度かして、大きく息を吸い込んだ。

 

 


 そして私は銀行に向かい、通帳記入を行った。振込者名にSkebの文字、その隣には振込手数料が引かれた金額が記載されていた。学生時代に初めてアルバイト料を振り込まれたときや、就職してから初任給を貰ったときよりも大きい衝動が私を襲った。創作活動を趣味にしている者のほとんどが、一度は「これでお金が稼げたら」と思うことだろう。そして、私はたった一度とはいえそのトロフィーを獲得したのだ。ピコン、と実績解除の音が聞こえた気さえした。嬉しい。単純だがその気持ちでいっぱいだった。

 

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 最後に、このトロフィーを私は胸に掲げて今後の人生を送って行くのは間違い無いが、これは様々なめぐり合わせによってもたらされた幸運の出来事だということをしっかりと憶えておくことにする。Skeb……VRChat……それらの要因が噛み合い、こういったレアな体験をすることができた。クライアントやSkebやVRChatの開発者には心よりの感謝を述べたい。この記事は私のための記録だが、これを読んだあなたが少しでも楽しめたら良いなと願っている。


 それでは……私はもういく。それがどこにあるのかわからないが、次の戦場を探しに行かねばならない。燃料は少ないが、もしまた会えたならそのときは再会を喜ぼう。そして、私達が勝ち得たトロフィーの話をほんの少しだけするとしよう……。


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