動物園のエサやり全部やって、最も奢りがいのある動物を決める。
・序幕
動物園とホストクラブは本質的に同じだ。
ヒツジやウサギ達に園内で売られているエサを与える、という体験が動物園の楽しみのひとつであることに異論はないだろう。であれば、ゲスト(客)がホスト(動物)に飲食物を与え、一緒に過ごす時間を楽しむのが目的という点において、動物園とホストクラブは本質的に同じといえる。
そして、ホストというのは個人の売り上げがモノを言う世界、徹底した実力主義だ。渋谷で、六本木で、歌舞伎町で、今宵もホスト達はNo,1の座を目指して切磋琢磨しているのである。
であれば、ホストクラブ「Zoo」でも決めるべきだろう。売り上げNo,1、つまり最もエサを奢りたくなるエースどうぶつは誰なのかを!
・動物園へ
というわけで、宇都宮動物園に来た。
私はカエサル。今日は動物園に居るどうぶつ達に全員にエサを奢り、最も奢りがいのある動物は何か決定する。ずばりどうぶつ界の「夜王」を決める戦いということだ。
それでは、さっそく行ってみよう。
いきなり虚ろな目をしたキリンに見下ろされたかと思ったら、入園券販売場だった。チケットとエサを購入する。エサを買いたいと言う私の言葉に「100円です」と受付のお姉さん。しかしすかさず「3つくれ」と返す。今日の私は間違いなく太客だ。
ついでに、お姉さんに質問してみる。
「エサの奢り甲斐があるどうぶつはいるか?」
「キリンさんですかね! おすすめです!」
私のシリアスな質問にも笑顔で答える……流石プロだ。キリンさん……これはチェックの必要があるだろう。
エサは紙袋に入れて渡される。これがどうぶつ界のドン・ペリニヨンというわけだ。
中身はニンジンやキャベツの切れ端、パンの耳など、だいたい初期のチェンソーマンが食べていたものと同じだった。私の普段の食事と大差ないということでもある。
道を進んでいくと、ブチハイエナがその姿を見せた。そのクールな外見にはファンも多そうだが、残念ながら彼らのような猛獣類にエサを与えることはできないため、今回の審査からは対象外となる。
園内を進むと、ついにエサを奢ることができるどうぶつ達に出くわした。
・ヒツジ
最初のエントリーは眠れないときに数えることでもお馴染み、ヒツジだ。どこか牧歌的なイメージのある彼だが、ホストとしての力量は未知数である。今夜眠れなくなるほど私を夢中にしてくれるのだろうか……?
さっそく、エサをあげる。
目の前にエサを差し出すと……
食べた! 素朴な表情だが、どこか満足げである。
奢りがいという視点でみると、エサを貰ってその場で嬉しそうにもしゃもしゃやっているのは、まるで入社二年目の単純だが素直な後輩社員に昼食を奢るような気持ちよさがある。彼の視線は大根を食べている間もずっとこちらに釘付けで、そのつぶらな瞳からは無防備な信頼が感じられた。
・ウシ
ヒツジのすぐ傍にこのような区画が。そう、2021年の主役、牛のお出ましだ。
近づいてみるとかなり巨大だ。サイズだけならライオンと変わらない体躯がこちらに歩み寄ってくる姿はかなり迫力がある。この黒い種は口之島牛(くちのしまうし)という日本に二種しかいない純粋な日本在来牛である。
しかし、そんな巨大な彼も差し出されたエサは素直に食べていた。そのたくましいスタイルの彼が尻尾を揺らしながらエサを食べる姿はなんだか可愛らしく、思わず続けてキャベツやニンジンもあげてしまった。ギャップを活かしたなかなかの接客スキルである。
・こぼれ話
余談だが、こちらは猛獣ゾーンに居たライオンである。立ち姿の凛々しさと裏腹に、「オシッコを飛ばします」の注意書きが非常にアナーキーだ。
・ミニチュアホース
動物たちのその知能の高さには驚かされる。近づいただけでは見向きもしなかった彼――ミニチュアホースだが、私が鞄から紙袋を取り出すと、一目散にこちらに駆け寄ってきたのだ。まだ紙袋からエサを取り出していないのに、である。野生のヒグマがハチの巣に蜜があることを知っているように、紙袋の中にエサがあることを知識として知っているのだろう。
早く出せとばかりに鼻を鳴らす彼の態度は完全にオラオラ系で、つい私は気圧されたようにエサを差し出してしまった。完全に彼の営業手法にハマっている。しかし、「求められている!」という感覚はなかなか悪くないなと思った。
・昼食(人間の)
と、ここで私は昼食をまだ摂っていないことを思い出した。ここがホストクラブならば、彼らと同じものを食べその時間を共有するのも楽しみのひとつだろうと考え、私はこれを持参していた。
コンビニで購入した野菜スティックである。どうぶつ達が食べているものとほとんど一緒だが、こちらは人間用だ。ミニチュアホースは「それ俺のだろ」とばかりに私に近づいてきて鼻を鳴らす。しかし無視して私がそれを食べると、彼はどこか困惑したような動きでこちらを見つめていた。一矢報いたようで少し気分がいい。
しかし、そこで困惑していたのはミニチュアホースだけではなかった。振り返ると、全然関係ない親子連れがそこに立っていた。彼らからはこちらが「どうぶつのエサを自分で食べている人間」に見えたことだろう。狂人を見る目で私を見つめていた。
「いや別に動物のエサを食べていたわけではなくて! これは持参した野菜スティックで!」と彼女たちに弁明するわけにもいかず、私は逃げるようにその場を後にした。
・ウサギ
ウサギは可愛い、それはこの世の真理のひとつ。可能ならばいつだって愛でたいのがウサギという生き物だ。ポーカーするときにトランプをめくることができないという点を除けば、私がウサギをペットにしていない理由は何もない。
そんな彼らも動物園ならば直接触れ合ってエサをあげることができる。私はそう期待してウサギ達が居るゾーンに赴いた。
居た! ……が、
感染予防のため、ふれあいやエサやりは中止となっていた。私は思わず地に膝をつき、わが身に起こった理不尽、世にも凄惨な仕打ち、とても見てられない災難に涙を流した……。
しかし、時節柄やむを得ない事とはいえ、ウサギなしにどうぶつエサやりNo,1を決めてよいとは思えない。
なので神奈川県川崎市にあるウサギ&ハリネズミと触れ合えるカフェ「うさぎパラダイス」に来た。私はこういったカフェに来たのは初めてだったが、ここではどうぶつ達におやつをあげることもできるらしく今回の目的に合致している。スタッフ(人間)にその旨を伝え、料金を払っておやつを購入した。
おやつはドライフルーツと専用ビスケットだった。私よりもハイソサエティな食事をしている。
そしてウサギと対面……と思いきや、スタッフに「どちらのウサギさんにしますか?」と言われ、私は思わず首を傾げた。
どちらのウサギさん? どういうことだ? 疑問に思い辺りを見回すと、
「…………!! 壁に案内板がある!」
本当にホストクラブだ……! いや、このお店のウサギさんは全員メスなので厳密に言えば違うが、指名制システムのクラブっぽさに驚きを隠せない。思わずまじまじと案内板の紹介文を読んでしまった。
「茶々(ちゃちゃ)さんで……」
最終的に見た目の好みで選んだ。スタッフに連れられ、ウサギが……いや、茶々氏が私の前に姿を現した。
ホーランドロップという血筋の彼女は体長は30cmほどど小柄だが、5倍以上大きい私に全然おびえないどころか堂々とした佇まいで悠然と構えていた。そしておやつを差し出すと……!
ありていに言って、あまりにもチャーミングで美しい。はなをヒクつかせながらこちらに近づき、手のひらからおやつを食べていく姿はさながら動物界の楊貴妃だ。手の上のおやつが無くなるともう用済みとばかりに去ってしまうが、私はその尻を追いかけ追加のおやつを与えたいという欲望に逆らえない。魔性の女、獣装の麗人、まさしく傾国の美女である。
そのキュートさにあてられ、ウシの10倍写真撮影してしまった。
続いて、同店舗のハリネズミに対面した。
その特徴的なトゲトゲの外皮は体毛が変化したもの、とは知っていたが、私自身ふれあうのは初めてのことだった。実際に身体に触ろうとするとトゲが刺さりかなりガッツリ痛い。このトゲの塊が音速より速く迫ってくる……と考えると、もはやソニック・ザ・ヘッジホッグは恐怖の対象でしかない。
なのでおやつはピンセットであげることになった。エサのミルワームを与えると、精一杯身体を伸ばして食べようとするプリティな姿を見ることができる。それはまさに目に入れても痛くないほどの愛らしさ! ハリネズミに使うとあまりに恐ろしい表現だが。
・コイ
場所は戻って宇都宮動物園、こちらには池のコイにエサを与えることのできるスポットも存在していた。専用のエサを購入し、水面にばら撒く。
すると!
ゴボゴボッ!! という音を出して水面が急激に波立つ。コイ達の食欲は他のどうぶつ達に比べ群を抜いていた。池の中にいる同胞より先に食べねばという思いがひしひしと感じられる。奢りがいという観点で見ると、こちら側に一切興味を持ってない点はマイナスポイント。しかし貪欲にエサを取り合う彼らを見ると、コロッセオで剣闘士(グラディエーター)の戦いを観戦していた上流階級のようなサディスティックな快感を味わうことができる。
・他のどうぶつたち
他にも、宇都宮動物園では色々などうぶつにエサをあげることができた。
ファロージカ。宇都宮動物園に在籍するのは白変個体という白い毛並みの種類だった。神々しい色合いである。
アジアゾウ。エサを投げ入れるとその大きな鼻を使って器用に拾い上げる姿を見ることができる。
ニホンジカ。ニンジンをあげようとした際に私の指もペロリと舐められ、「食われる!」と思ってついバックステップしてしまった。
と、ここまでエサやりをやって気づいた点がひとつある。
「哺乳類ばかりだ……」
宇都宮動物園には哺乳類以外の動物もたくさんいるのだが、残念ながらエサやり体験ができる動物は哺乳類がメインだった。例外は池のコイくらいで、脊椎動物というくくりで見ても哺乳類と魚類のみ。これでは「エサの奢りがい」No,1を決めるのには不十分かもしれない。
というわけで、東京都原宿にある「ふくろうの里」に来た。
・ふくろう
鳥類代表として、ふくろうにエサをあげようという狙いである。この「ふくろうの里」では、うさぎパラダイスと同様にふくろう達と触れ合い、もちろんエサやり体験をすることもできる。
そしてここにも在籍するふくろう達の紹介メニューが! 思わずまじまじと見つめてしまう。ふくろう達には「アルト」「おはぎ」「カノン」などの可愛げのある名前がつけられていた。……しかし!
突然の「グレート・ムタ」!
「スカラ」と「あずき」に並ぶ名前としてはアバンギャルドすぎる。毒霧攻撃でもしてくるのか? 私は思わず警戒し気を引き締めた。
そして対面したのはベンガルワシミミズクのじじ氏、黒と橙色のグラデーションが美しく、その凛々しい瞳は知性を感じさせ、まさに「森の賢者」といった風格だ。
そしてこちらが今回あげるエサ、うずらの肉である。一見「ちょっと嬉しい居酒屋の小鉢」といった見た目だが、フクロウが同じ鳥類であるうずらを食べるという無情な食物連鎖が発生している。
スタッフの方(人間)が言うには、彼らの名前を呼ぶとフクロウが腕に飛んできてエサを食べてくれるらしい。これはぜひ試さねばと思い、私は手袋をはめて恐る恐る口を開いた。
「…………じじさん!」
バサバサッ!! と羽ばたきの音がした後、腕にずしっとした重みが! ピンセットから肉をついばんでいく勢いに、私も思わず敬語になってしまった。こちらの呼びかけに応えてくれるという、まるで昔から彼らとの絆を育んできた鷹匠にでもなったかのような体験をすることができて、私は大変満足した。エサの奢りがいという点でも高得点だ。
・トカゲ
哺乳類・魚類・鳥類ときたら次は爬虫類だ。東新宿にある「爬虫類カフェ らぷとる」に訪れた。
ここでもトカゲやヘビなど様々な爬虫類を見ながら時間を過ごすことができるほか、気に入った種がいたら購入しお迎えすることもできる。もちろん、今回の趣旨でもあるエサやりと触れ合い体験をすることも可能だ。
私は店内を見て回ったあと、スタッフに「アフリカンロックモニター」にエサやり体験をしたいと告げた。
アフリカンロックモニターという名前からはわかりづらいが、彼はオオトカゲの一種である。体長は1メートルほどにも及び、「小さい怪獣」というイメージがぴったりとくる。
今回奢るエサは「ささみ」だ。画像だけだとこれからバーベキューでも始まるのかな? といった感じだが、もちろんトカゲ達はこのまま生でいく。
エサを見せると、爬虫類特有の細長い舌を伸ばし……
ガブリと食らいつく! そして咀嚼もせずに丸呑みである。そのエネルギッシュさはトングを持つ腕にも衝撃が伝わるほどであり、私に「捕食」という二字を想起させた。
丸呑みという食べ方は咀嚼する時間がないので、わりと短時間で終わってしまう。そのためエサの奢りがいという視点で見ると少し呆気なさを感じてしまった。
・結果発表!
全体を通してエサを大量にあげたので、どうぶつ達に使った金額が週間の私の食事代より遥かに高くつき、ホストクラブでお金を湯水のように使って豪遊する気持ちを疑似体験することができた。
さて、ここからは肝心の本題だ。結果発表はランキング形式での発表とする。
それでは、奢りがいのある動物ランキング、第3位の発表から!
・第3位
完全に茶々氏のキュートさにやられてしまった。自由気ままに私の周囲を駆け回り、たまに私の足をつついてくる姿は小悪魔を超えて色欲の悪魔アスモデウスだ。私のカメラの記録容量を圧迫し、おやつをねだって私の財布も圧迫する姿は堂々のホストぶりだった。
ここに第3位の称号を授与しよう。
・第2位
銀賞にはヤギがランクイン。その立派な二本のツノと全てを見通すように澄んだ瞳に惹きつけられたというのも評価に値するが、本当に評価された点は他にある。
エサをあげた後、それだけの量では満足せず……
前足で柵を叩いて"おねだり"するのだ!
求めよ、さらば与えられん、とは聖書の一節だが、彼もエサを手に入れるためにはただ待つばかりではなく積極的に要求していく必要があることを理解している。全ての交渉の第一歩目、欲しいという意志を示すというその姿勢に感動し第2位に選ばせてもらった。彼の前世は交渉人(ネゴシエーター)なのだろう。
・第1位
さて、満を持して第1位の発表だ…………どうぶつホスト界のNo,1、最強のエースであり動物園で最も奢りがいのあるどうぶつ…………それは!
ダイナミック! 評価点はそれに尽きる。体高4メートルにも及ぶサイズは動物園所属アニマルの中で最大で、その剛健な首が手元のニンジンを目指して迫ってくるのは大迫力の一言だ。
その舌も長く、また力強い! 持っているニンジンを「首を伸ばして待ってたよ」とばかりに持っていく姿は流石の貫禄。そして大きな口で咀嚼する姿は生物としてのスケールの違いを感じさせ、見ていて気持ちの良い食べっぷりだ。まさに「奢りがい」という点においてエースの座にふさわしい!
↑2体で迫る! 迫力を超えて緊張感が走る。
動物園に入園した際に受付さんが言っていた「オススメはキリン」という言葉の通りの結果になってしまった。さすがプロといったところか……、いや、彼女もキリンの魅力にやられたホスト狂いの一人だったのかも知れない……。
アミメキリン、彼こそがホストクラブ「Zoo」のナンバー1だ!
・終幕
そもそも、人はなぜ動物園でエサやりをするのだろうか。私が思うに、それは人とどうぶつ達との共通点だからではないだろうか。人間とどうぶつの行動様式は違う。キリンは服を着ないし、ゾウがインターネットをすることもない。しかし、食事をするという一点は人間も動物も同じだ。食事というのは生物の根源的な喜びであり、その種族を超えた喜びの共有を求めて人は「エサやり」をするのだろう。
本記事で紹介できなかった中でも、エサの奢りがいのあるどうぶつはたくさんいた。どのどうぶつ達にもそれぞれの生活があり、またそれを見て触れ合えるのが動物園の良さである。私は今回の検証を通して、また動物園とどうぶつ達のことが好きになることができた。
それでは、私はもう行かなければならない。どうぶつに与えるばかりでなく、自分のエサも確保する必要があるからだ。しかし日々の消耗…………荒波に揉まれ、すり減る精神やマナの補給が必要となったとき、私は動物園に癒しを求め赴くことだろう。そのとき偶然あなたが隣にいたならば、そのときはイチ押しどうぶつ達の話をするとしよう……太陽が西の地平線に沈むまで……。
終
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