二盃口をあがった人にピザを奢ることにしないか?
世界で最も過小評価されているものを知っているか? 平穏な日常? 安全で飲める水? 母の愛? そのどれも違う。世界で最も過小評価されているもの…………それは、「二盃口(リャンペーコー)」だ。
あなたが麻雀のルールを知らなくても、変な漢字や丸の絵が書かれている小さい豆腐みたいなものを使って、ロン! とかツモ! とか珍妙な鳴き声を上げるゲームであることは知っているだろう。今日はその鳴き声ゲーである麻雀に関する話をする。
さて、本題だ。麻雀の役のひとつに、「リャンペーコー」がある。雀頭ひとつと同じ順子2組を2セットという手役だ。文字だとなんのこっちゃわからんという人間も、以下を見ればわかるだろう。
そしてこのリャンペーコー、何が問題かというと圧倒的に「安い」のである。麻雀を知っている奴は既に腕を組み大きくうなずいて「その通り!」と鼻息を荒くしているとは思うが、それを解説していく。
まずこのリャンペーコー、3翻役である。役ってのはつまり点数、スコアを稼ぐための指標で数字が大きいなら大きいほど強くてすごい。ダブルアクセルよりトリプルアクセルやトリプルトゥループや羽生結弦の方が強いのと一緒だ。そしてこのリャンペーコーと同じ3翻役にどんな別の役があるかというと、「ホンイツ(混一色)」という役がある。
そう、これがリャンペーコーと同じ3翻役である。
完全におかしい。
もう一度言おう。完全におかしい。
何がおかしいのか? 麻雀のルールが曖昧な人間にはまだピンときていないかもしれないが、これら二つの役、得られる点数が同じなのにも関わらず、手役を成立させる難易度が圧倒的に違うのである。それはもう違う。リャンペーコーの方が圧倒的に難しいのだ。確かに、麻雀において3翻役というのはなかなか難しい手役だと言える。成立させるだけでもかなり偉い。しかしリャンペーコーとホンイツでは、その偉さに圧倒的な違いがある。
あなたは材料メーカーの若手営業社員だ。営業のベテラン先輩社員が定年間近で退職するため、ずっと懇意にしていた取引先の定期案件の引き継ぎをしていた。そして先輩社員が周囲に惜しまれつつ退職し、ついに自分一人で案件を処理しなければならなくなる。緊張しつつも教えてもらった通り業務をこなし、なんとかミスなくクローズ、取引先から「○○さん(先輩社員)がいなくなって不安だったが、あなたが優秀な人で安心したよ」とお褒めの言葉まで頂戴した。評判は部長にも伝わって社内でも一目置かれるくらいの存在になり今期の査定はバッチリ! これくらい偉いのがホンイツだ。
対してリャンペーコーは、あなたの営業手法がなんか奇跡的に上手くいって孫正義とイーロン・マスクとビル・ゲイツに同時に気に入られ、ソフトバンクとマイクロソフトから資金提供を受けて弊社の株価もうなぎ上り、投資家も目をつける一躍大企業へ。ヤフーのトップページにはあなたとザッカーバーグが肩を組んで笑う記事が掲載され、最終的に宇宙船にも広告を出すようなビッグバン・ビジネスを成し遂げる…………! リャンペーコーにはそれくらいの偉さがある。
しかし、リャンペーコーへの待遇はホンイツと一緒だ。上司からの評価は今期よく頑張ったね、くらいのもので、賞与に少しの色がついて終わりである。どう考えたってリャンペーコーの方が偉い、社長賞どころか今すぐ役員の席を用意するべきくらいのサクセスを成し遂げたというのにも関わらず、待遇はホンイツと一緒。これはおかしい。
よくわからない? 例えを変えよう。
あなたは小学生で夏休みの宿題に取り組んでいる。算数ドリルも終えて残ったのは「自由研究」だけだ。あなたは幼心ながら地球の環境問題に心を痛めており、何かできないかと考えて住んでいる地域のゴミ拾いをすることにした。残った夏休みをかけて自分の住んでいる地域を歩き周り、目に着いたゴミを拾ってしかるべき処理をした。そしてその内容をまとめて自由研究の内容として発表する。それくらい偉いのがホンイツだ。
対してリャンペーコーは、小学生ながらも卓越した知能と独創性を用いて石油に代わる全く新しいエネルギー技術を開発、その超効率的新エネルギーは地球全土の環境問題を一発で解決し、全世界の生産性を向上させ景気もウルトラ超回復、銀座に万札の雨が降って少子化も地域格差も解決し絶滅したと思われていたニホンオオカミも奇跡の復活を遂げてワオーンと遠吠えをする。それくらい偉いのがリャンペーコーだ。
それでも評価は同じだ。新学期になったら担任の先生はホンイツにもリャンペーコーにも同じ大きさの花丸をあげて終わりである。これをおかしいとは思わないか?
まだよくわからない? 例えを変えよう。
ホグワーツ魔法魔術学校に通うリャンペーコーは学校の平和を脅かすトロールとディメンターと名前を言ってはいけないあの人とハグリットとマルフォイをまとめてぶっ飛ばし、賢者の石も手に入れて秘密の部屋の謎を解き明かしついでにスニッチもその手に掴んだ。それくらい偉いのがリャンペーコーその人である。
対してちょっとチェスを頑張ったロン・ウィーズリー、それがホンイツ。
なのに学年度末パーティーでダンブルドアはホンイツにもリャンペーコーにも同じだけの50点しかくれないのである! そんなことが許されてよいのか? 場合によっては許されざる呪文が飛び出てもおかしくないほどの理不尽ではないのか?
そろそろわかっただろう。リャンペーコーはこれくらい不当に「安い」手役なのである。私にネクロマンサーの素養があれば麻雀のルールを考え出した奴を甦らせて首根っこをひっつかみ、何を考えていたのか吐かせた後にルール改定を迫って拒否するならアルゼンチン・バックブリーカーをお見舞いするところではあるが、それは叶わないので私はここに代案を提示することにする。
そして記事タイトルだ。これから先、誰かがリャンペーコーをあがったら同卓していた他プレイヤーはご祝儀の意味を込めてあがったプレイヤーにピザを奢ることにするのはどうだろうか? 何を言っているかわかるか? そう、安い手役であるリャンペーコーと、わりと簡単なホンイツとのコストパフォーマンス格差を是正するために、生きとし生けるものなら誰でも嬉しいピザ・ボーナスを追加しようという提案だ。
東四局の一本場、あなたの所持点は少し凹んでおり16000点だ。これまでの戦績から今日はあまりついてないなぁと思いつつも配牌をあけるとそこには稀にみる好配牌が! 順調に手が整って8巡目にリーチ! 手役はなんとリャンペーコーテンパイ! 滅多に見ないレア手役に思わず手が震える! そして2巡後に上家からロン! リャンペーコー成立! 開いて見せた手役の綺麗な並びに思わず皆「おっ」という声を漏らす…………しかし計算してみれば合計5翻で8000点、あなたは点棒を貰うがその少なさにしょんぼりする。「やっぱリャンペーコーは安いよなぁ~」なんてことを言いながら次の局が始まり、このレアな出来事はつまらない日常に収束していく……。
しかし、ここにピザ・ボーナスを導入したらどうだろう? リャンペーコーをテンパイした時点であなたの脳内はピザに染まる。何を注文しよう? ドミノかハットかピザーラか、炭火焼ビーフかシーフードスペシャルか特うまプルコギか、生地はパン生地かクリスピーか……。よだれを抑えながらリーチを宣言、そして心高らかにロン! と叫んで牌を倒せば、周りのプレイヤーも燦然と輝くリャンペーコーにビックリ! 拍手喝采の中取り出したテレフォンでピザ屋に注文、ありったけのピザを持ってこい! 溢れるピザに溺れながら手にした点数は8000点かも知れないが、獲得したカロリーは10000キロ超! そしてピザパーティーが始まり、陽気なBGMが流れミラーボールが輝いてその週末は黄金の思い出としていつまでも記憶に残る……。
どうだ? 完全にピザ・ボーナスの正当性がわかっただろう。麻雀には古くから「九蓮宝燈(チューレンポウトウ)」をあがった場合、そこで運の良さを使い切ってしまったために死ぬと言われているが、それとピザ・ボーナスも同じようなものと考えて貰えばいい。二盃口にはピザを、九蓮宝燈には死を、ということだ。
さて、誰が九蓮宝燈と死の関連性を言い出したのかは知らないが、こういった口伝、文化というものはそれを伝えていった者たちが居たから伝え続いたものであることは間違いない。なのでこの文章を読み、手役の不当な格差を是正すべきだとあなたも思ったのならば、次に麻雀を始める前に一言、他プレイヤーにこう言ってはいかがだろうか?
「もし二盃口あがったらピザ・ボーナスで」
その一言で、何かが変わっていくかもしれない。
あなたはピザ・ボーナス文化の担い手になった。もちろん、これからは私も言っていく所存だ。我々はひとりじゃない。同志達がこの青い空の下で同じ思いを胸に秘めている。そろそろこの文章も終わりにする。しかしいつの日かピザ屋が「二盃口お祝いセットメニュー」を作るその日まで、我々の草の根活動は続いていくのだ。我々は文化の担い手。そして我々はひとりじゃない。それを忘れるな。
それでは、さらばだ。